(円卓)答申や指導要領を読む

千葉経済大学 短期大学部名誉教授 飯田 稔

 

20歳代前半の教員が、教員養成大学附属小学校に採用された。実は、これは小生のことである。

赴任してびっくりしたことの一つが、先輩教員が学習指導要領を読み込んでいたことである。周囲は全員が先輩たち。最年少の筆者は、「ああ、これが教師の在るべき姿か」と知らされた。

当時は、学習指導要領の各教科について、教科ごとに「指導書」(現在の「学習指導要領解説」)が発行されていた。文部省(当時)の著作物である。

公立学校では、全教科・領域の「指導書」が職員室に揃っていたかどうか。学習指導要領改訂の時期でも、教師たちの関心はそれほど高くなかった。

そうした現状で過ごしてきたから、附属小では実にびっくりした。微温湯ぬるまゆで過ごしてきた日々を、大いに恥じた。

先輩教員の中には、手持ちの学習指導要領の本文と解説の双方に、赤線を引いた箇所のある人がいた。きっと、大事だと思う箇所に下線を引いたのだろう。まねをして下線を引いてはみたものの、読んでいるうちに眠たくなってくるのが、この本の特徴だろうと思う。

だが、附属小のこの職場には、そうした人を見かけなかった。

公開研究会の授業の指導案を書いたり、分科会提案資料を吟味したりするには、学習指導要領や指導書での確認が必要なのだ。

だが、必要に迫られて読んでいるのかと思えば、そうでもない。実践を通して、「指導要領再検討」を口にする。毎年、公開研究会を行う学校の教師の習性や構え方は、筆者を刺激した。

「これは大変」と、ほどなくして、それらを読むのが習慣となった。

これは、筆者の教師生活の失敗の一つである。周囲に同化しなければ、仕事は進まないと、気づいたのが早くてよかった。もし、気づきが遅ければ、この学校には無理だと軽視されるだけだっただろう。

今も小生は、学習指導要領の改訂を学ぼうと、『よくわかる中教審「学習指導要領」答申のポイント』(教育開発研究所)を熟読している。

この本は、専門家の解説が中心。だから、読んでいて眠くなることなどない。

中教審答申を理解しないといけないと知ったのは、20歳代であった。80歳代の今も、それは持続している。