なぜ変われないのか 妹尾昌俊著『教師と学校の失敗学』を読む

教育委員会等のアドバイザーを務める教育研究家の妹尾昌俊氏の新著『教師と学校の失敗学』(PHP新書)は、コロナ禍の学校現場で起きた出来事を多角的に取り上げ、それぞれの背景にある問題をデータや事例などに基づいて考察し、いまの学校教育を子供たちにとってより良い形にしていくための教訓を学びとることを狙っている。

オンラインで取材に応じる妹尾氏

2020年3月から年度をまたいで3カ月にも及んだ長期休校によって浮かび上がったことは何か。休校期間中にウェブ会議システム「Zoom」を使って朝の会を行った岐阜県白川村の義務教育学校の例から、オンラインであっても「みんなと会えてうれしかった」ことが子供たちにとってもっとも大切なことだった、と指摘。一方で、多くの学校ではICT環境が未整備だったため大量の印刷プリントを課題として配布し、児童生徒の半分近くが「イヤイヤ宿題をしていた」。家庭学習に関わった保護者は約半数がいらいらしたり、怒りっぽくなったりした。こうした子供たちと保護者の姿は、妹尾氏が独自に行ったアンケート調査の結果を基に説明している。

さらに学校教育がコロナ禍で十分な対応ができなかったのは、コロナ以前から学校教育が抱えていた問題が一層深刻化し、顕在化したためだとして、4つの視点で整理した。①子供たちの好奇心や主体性が育っていない②学校、行政は子供たちのウェルビーイング、福祉に冷淡過ぎる③保護者と学校との亀裂が拡大している④疲弊する現場、教師の仕事はまだまだビルド&ビルド--を挙げている。

コロナ禍の学校教育について、いまの段階で入手できるデータや事例を幅広く集めている点も、本書の紙価を高めている。もちろん学力への影響などは現在集計中の全国学力・学習状況調査の結果などを待つことになるが、コロナ禍がまだ現在進行中の災禍であることを考えれば、これだけ多面的なファクトが詰まっている著作は見当たらないのではないか。

学校教育を語る妹尾氏の言葉は、組織や肩書に縛られず、自分自身で教育現場の教員、行政職員たちと話したり調べたりした経験に支えられているところが魅力だ。高校生から0歳児まで5人の子供たちを育てている保護者でもある。妹尾氏は「定量的なデータも大事ですけれども、それだけでは現実の一部しか切り出せないし、背景に潜む真因が今ひとつわからないところもある。日々奮闘されている教職員の方たちの話を聞いて直感的に感じたことや、保護者として身近なことでちょっとひっかかったことなどをうまくミックスさせないといけないと思っています」と、自身のスタンスを語る。

長期休校が終わって再開されてから1年が過ぎたが、学校現場ではマスクの着用をはじめ、コロナ禍でのさまざまな制限が続いている。一方で、保護者を対象にした内閣府の調査では、休校期間中に学校や塾などで子供が「オンライン教育を受けた」と答えたのは5月の大型連休時点で26.7%となり、昨年の休校期間中の45.1%よりも相当減った。学校再開とともに、いったんスタートさせたICT活用をやめてしまった学校現場もあるらしい。なぜ、学校は変われないのだろうか。

「横浜市立日枝小学校の住田昌治校長がよくおっしゃるのですが、『学校は形状記憶マインドが強い』ということです。形状記憶のシャツはアイロンをかけなくていいので楽ですが、学校にも元に戻ろうとする力が働くんですね。それは今まで通りに戻るほうが、考えるエネルギーが少ないからです。省力化なわけです」

こうした言葉遣いに、妹尾氏の体感温度が伝わってくる。

妹尾昌俊著『教師と学校の失敗学』

「それを前例踏襲主義だと批判する人もいますが、私は学校をバッシングしても何も始まらないと思います。『なぜ学校は変われないのか』と十数年、今日に至るまで考え続けてるんですけれども、一つは前例に従った方が安心なんですよね。子供たちに対して大きなトラブルは起きないし、保護者から新たなクレームが来ることもない。職員会議でも『例年のようにやります』と言えば、たいてい反対されない。つまり、エネルギーを省力化できます。だから、前例踏襲になりやすい、ということかなと思うんです」

穏やかな語り口ではあるが、やっぱりスパイスが効いている。

「けれども、いまのような危機下で、本当に前例踏襲でいいのか、という問題があります。拙著でも引用していますが、ハリケーン・カトリーナのときに米国政府が失敗した本質のひとつは、従来通りの方法で対処しようとしたことです。休校後の学校について言えば、カリキュラムについて、教科書を最後まで終わらせたら、それで安心として本当によかったのか。運動会や修学旅行も、急な変更を余儀なくされたり、感染症対策との両立に細心の注意を払ったりで、先生方は大変苦慮され、疲れているのは確かです。ただ、それが本当に子供たちのためになっているのかどうか、よく考えてみるべきではないでしょうか。思い出づくりも結構ですが、どんな学びになっているかが問われると思います」

GIGAスクール構想による1人1台端末の活用について、自治体間や学校間で格差が広がってきていることにも、なかなか変わろうとしない学校の姿が重なる。

「文科省がビルト&ビルトで教員の仕事を増やしてきたのは確かですし、ICT整備について各教育委員会の役割が大きいのも事実です。しかし、1人1台端末が今年3月末までに整備されることは1年近く前から決まっていたことです。どんなに忙しくても、これだけ準備期間があったのに、今の段階でも全く使えていませんというのは、やっぱり通らないのではないでしょうか。本書のタイトルはもともと、『なぜ学校は変わろうとしないのか』としようと思っていたのですが、この問いをコロナ危機の1年あまりを振り返りながら、考えたのがこの本です」

こうした学校と教育行政の針路について、妹尾氏は本書の最終章で学校・家庭・社会をつなぐ「学習する学校」になっていく必要を強調し、それに向けた施策を提案している。

(教育新聞編集委員 佐野領)