【連載】校長を目指す教師のために 第3回 手段自体を目的化しない!

修学旅行プロジェクトで生徒が作成したプロ並みのツアー企画パンフレット
修学旅行プロジェクトで生徒が作成したプロ並みのツアー企画パンフレット

東京都千代田区立麹町中学校 工藤勇一

 

第2回では、社会とのつながりを意識して目標を改善することについて述べた。今回は、社会とのつながりを意識して手段を改善することについて話を進めたい。

言うまでもないことだが、どの学校でも意図的に教育活動が計画され、工夫された指導が行われている。もちろん「目標を実現するために」である。しかし、真にそうなっているのか、考えてみたい。

本来、学び(教育)は、人が人とつながり、社会とつながることができるようにするためにあるはずである。そのために学校が存在し、カリキュラムが体系化されるべきものである。学習指導要領も、そのためにあるといってよいだろう。

しかし、カリキュラムの習得自体がいつしか目的となってしまい、結果として、人や社会とコミュニケーションを取ることに臆病な人間を育てているのであれば、本末転倒だ。手段そのものが目的化し、ついには、目標の実現そのものを妨げているといわざるを得ない。これまで行ってきた教育を振り返り、よく見つめ直してみると、こうした現実は山ほどあるだろう。

目的を意識することなく、行事が終わるたびごとに当たり前のように作文を書かせる。皆で協力することばかりが目標として強調され、ほとんど誰も読むことのない修学旅行新聞や移動教室新聞をつくらせる。ドリル学習を過度に繰り返し、結果として生徒の意欲を削いでしまったりすることもある。

学校運営に目を移せば、本来は学校を改善するために行われるべき「学校評価」が、評価することそれ自体が目的となってしまっているという学校もあるだろう。授業改善では、改善プランを作成することばかりが目標となって、実際は指導方法の改善に全く生かされていない教師もいるだろう。少し厳しい言い方だが、我々が反省しなければならないことは数えきれない。

「目標を実現させるためにこそ手段がある」という当たり前のことを押さえずして、手段の改善はあり得ない。

次回からは、当校が取り組んだ手段の改善について具体的にまとめていく。