(鉄筆)いま『東京23区教育格差』…

いま『東京23区教育格差』(昼間たかし、鈴木士郎共著、マイクロマガジン社刊)が話題だ。内容は、東京23区という狭い範囲内に存在する学力の地域差と、その実態を解明したもの。今後の教育の在り方、特に教育政策を考える上で、参考になろう。

教育格差についての一般的な定義は、「高レベル校や進学塾などがある都会と、それが少ない地方の地域格差」「ゆとりなどの影響で学力が低下した公立校と、教育内容は高いが、授業料がハイレベルな私立校の格差、つまり教育費格差」の2つに分けられる。これを、東京の区部に援用する。

それによれば、文京区の場合では、東大があるために、近所に生まれ育つ子供たちは、親には罪のない言葉だろうが、「『お前は東大に入れるほど賢くないからな~』と言われ傷ついている」という。

もう1つ、学力の底上げには成功したものの、貧困問題に悩んでいる足立区の場合では、「まだクーラーのない教室も」という実態が示される。「夏になると、灼熱の教室の中で子供がリコーダーを吹き、粘土をこねている。環境の整備を」と訴える。

本コラムの中では、ほんの数例しか触れられないが、23区特有の教育格差の実相が垣間見られる。日本国憲法は「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と定められている。教育の機会均等である。格差の実態を前に、教育機会の均等をどう保障していくか。政治、経済、社会、教育界などにそれぞれ問われている、今日的で重たい問題である。