【OECD Education2030(4)】OECD東北スクールの意義

田熊美保(OECD教育スキル局シニア政策アナリスト)
村尾崇(スポーツ庁競技スポーツ課長、元OECD日本政府代表部参事官)
鈴木文孝(OECD教育スキル局政策アナリスト)
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東日本大震災発生直後の2011年4月、訪日したグリアOECD事務総長(当時)の震災復興への協力の約束を契機として、翌年3月、福島大学、日本政府、OECDが連携した復興教育プロジェクト「OECD東北スクール」が誕生しました。被災地の中高生が集まり、「2014年夏に、パリで東北の魅力を世界にアピールするイベントを実施する」との目標の下、生徒が資金調達を含む国際的なイベントの企画・立案・実施を行うプロジェクト学習です。当時、筆者もOECD日本政府代表部の立場から関与しましたが、国内では各地域からの参加生徒や産官学の協力者が広範囲にわたるとともに、イベント実施地が規制や文化の異なる仏・パリであり、OECD事務局の理解のみならず仏国内での協力が不可欠であることなどから、多岐にわたる調整を要しました。参加した生徒だけでなく、大人を含め誰もが手探りの2年半に及ぶ壮大かつ困難なプロジェクトでした。

14年8月、パリのエッフェル塔下のシャン・ド・マルス公園において生徒企画の「東北復幸祭」が開催され、多くの来場者を集めました。9月、OECD本部において、プロジェクトの象徴として東北由来の「桜の植樹」を実施し、参加生徒が海外の生徒や同行した大人も交えて「2030年の学校」像を議論する「生徒大人合同熟議」も行われました。参加生徒は海外からの視点に直接接したことで、物事を相対的に考えることの重要性を実感するなど、多くのことを学んでいました。当時の参加生徒の何人かと成人後に会う機会がありましたが、参加経験が人生に大きな影響を与えていることを実感しました。

大人を含む関係者への好影響は重要ですが、このプロジェクトを一過性のイベントに終わらせず、将来の教育の在り方の議論につなげてこそ、日本・OECD双方にとって、より意義あるプロジェクトになります。パリでの行事に各国代表を招待するだけでは、各国にとって親善の意味はあっても、実質的な影響はほとんどありません。

「鉄は熱いうちに打つ」ため、OECD事務局と調整し、同年10月、加盟国の教育省幹部などで構成され、OECDの教育関係プロジェクトに関する意思決定機関である教育政策委員会において、OECD東北スクールの経験も踏まえつつ未来の教育の在り方を議論するセッションが設けられました。ここで、会議参加国がOECD東北スクールの取り組みを好意的に受け止めるとともに、プロジェクト学習や教員の在り方、ボトムアップ・アプローチによる教育政策への還元、今後の展開などについて活発な意見交換がなされたことが、後の「OECD未来の教育とスキル2030」プロジェクトにつながることになります。

(第4回担当=村尾崇)

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