「授業再現ノート」で深い学び(3)「授業観」の共有

eye-catch_1024-768_arakawa栃木県上三川町立本郷北小学校教諭 荒川 景子

■「共創」は文化

「授業再現ノート」に至る経緯は、「学級文化」そのものである。「再現」にふさわしい授業を創るには、考えることを常とする生活行動や、知識や物事に対する価値観の共有が基盤としてあることが大切だ。また、こうした授業を通して学びの基盤を形成していくともいえる。

授業はみんなで創る
授業はみんなで創る

だから、近年クラス担任がなく、算数TTとして授業に出る際は、担任とそうした授業観を少しずつ共有する過程を大切にしている。授業は、多くの価値観を子供に伝え、そこから子供たちが吸収し、自分を形成する場であるからだ。

「クラスの状態」に課題があっても、子供たちは、自分たちで新たな知を創造的に得ること(共創)を体験することで、その素晴らしさを感得し、授業にそうした要素を求めるようになる。

子供は生来「考える」「創造する」ことや、他者と「協働する」ことに、愉悦と自分の存在を感じる。だから授業にもそれらを求めるのだと、彼等から教え諭される思いである。

■何を学ぶか

子供はどのようにして学びを創るのかを、子供の思考に寄り添って考えること、さらに、どのように学ぶべきか、「学び方を学ぶ」を授業のねらいに据える大切さを実感している。

与えられることに慣れた子供は、自らの悩みや疑問にさえ鈍感になっている。自分で学ぶことを大切にする授業は、教師も子供も、立ち止まる時間を耐え、乗り越えなければならない。でも、やがて、本当に分かるということは、こうした自分に向き合うことから始まるのだと気付き始める。しかし、気付きには個人差がある。教師には、子供の変化を信じて待つ覚悟が必要だ。

加えて、悩みを深め、抜け出すには、「書きながら考えを深め、整理する」「対話で他者と考えを交流する」という思考の可視化について、授業の中で教えていくことが必要だ。

教科書をまんべんなく、時間内にこなすのに価値を置く授業は、子供に「表面的で浅い学び」を日々授業で教えているに過ぎないのだ。そうした面白味がない授業は、「本気で考える」「時に立ち止まる」「必要なら戻る」機会も得られないまま過ぎる。それなのに安易に「考えましょう」と投げ掛け、「考える力が育たない」と嘆くのはおかしい。

こうした、かつての自分の誤りに気付かせてくれたのは、「子供と創る」授業観を自身に持ったときの、これまでにない真剣に悩むことを楽しむ子供の姿である。